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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(あ)74号 決定

本籍

東京都練馬区西大泉町一九七六番地

住居

東京都練馬区西大泉三丁目二九番一一号

会社役員

河野利夫

昭和五年三月二五日生

右の者に対する法人税法違反、詐欺被告事件について、昭和五七年一二月一三日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人寺尾正二、同新井旦幸、同河本仁之、同島村芳見連名の上告趣意及び同寺尾正二の上告趣意は、いずれも事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 木戸口久治 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡満彦)

昭和五八年(あ)第七四号

○ 上告趣意書

法人税法違反・詐欺

被告人 河野利夫

右被告人にかかる頭書被告事件について、弁護人はつぎのとおり上告の趣意を述べる。

昭和五八年四月二八日

主任弁護人 寺尾正二

弁護人 新井旦幸

弁護人 河本仁之

弁護人 島村芳見

最高裁判所第三小法延 御中

目次

(まえがき)

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

第一 原判決と上告趣意

一 原判決の要旨

二 原判決に対する上告趣意

第二 原判決に対する弁護人の上告趣意の骨子

一 原判決の問題点

二 被告人には詐欺の犯意がないこと

第三 表参道作業所関係事件

一 問題点

二 被告人には詐欺の犯意がないこと

三 真実の事実関係の大要

第四 環八作業所関係事件

一 問題点

二 被告人には詐欺の犯意がないこと

三 真実の事実関係の大要

第五 小石川作業所関係事件

一 問題点

二 被告人には詐欺の犯意がないこと

三 真実の事実関係の大要

第六 被告人の捜査段階における供述は信用性がないこと

第七 結論

第二点 原判決の量刑ははなはだしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 原判決の量刑ははなはだしく不当である。

二 結論

まえがき

本件の上告趣意を述べるにあたり、まえがきとして予じめ申し述べておきたい。

一 本件において弁護人及び被告人は第一審において詐欺の事実を徹底的に争ったが、第一審判決は結局これを詐欺罪に問擬し、法人税法違反と併わせ、被告人に対し懲役三年六月の実刑をもってのぞんだので、弁護人は直ちに控訴し、その控訴趣意においても第一次的に詐欺罪につき事実誤認を強く主張し、予備的に量刑不当を附加して主張したのである。

二 ところで弁護人及び被告人としては、あくまで本件詐欺罪を無罪であると確信しつつも、第二審においてこれを的確かつ十分に立証して無罪判決をかちとるためには、現実の立証の場において証人となるべき、たとえば岡敏晴、隣浩一郎、片山正喜、伊藤晴芳、朝香駿児、さらにはフジタ工業株式会社のトップに位する藤田一暁、柴田進らが本件につき真実の証言をしてくれることが絶対に必要不可欠であるところ、同人らはいずれもフジタ工業のトップの立場又はいまだに同社の影響下にある者達である関係上、至上命令である企業防衛、あるいは自らの地位保全などのため、はたして率直に真実を証言してくれるであろうか、また真実の証言を引き出せるであろうかという点について容易に十分の確信が持てなかったのである。同人らとしては今後とも土建業界のリーダー、あるいはその関連業界の一員として生きてゆくためには、本件につき真実はそれが被告人らの私的利得をはかった個人犯罪ではなくして政財官界工作その他の公表し得ない用途に充てられるべきフジタ工業という会社ぐるみで敢行した簿外資金作りの一環としての行為であったとは今さら口が裂けても言えないであろうことは想像に難くないうえ、国家権力を有し、その捜査能力において天下に冠たる東京地検特捜部の厳しい取調べにおいても本件は個人犯罪である旨供述し通した同人らの口を何らの権力を持たぬいわば丸腰の弁護人がときほぐして真実の証言を引き出すことは遺憾ながら不可能に近いものと判断せざるを得なかったのである。

三 そこで弁護人及び被告人としては、この企業防衛のため結束した証人予定者らの厚い壁にあえて挑戦して強行突破を試みるべきか試みた場合あえなく玉砕の悲劇を味わう結果をみるのではなかろうかと深刻に苦悩したのである。ことに被告人本人は、ことが自らの身に直接はね返ってくることであってみれば、その懊悩ぶりは傍で見るのもいたましいほどであった。被告人としては、真実を求めてあえて企業防衛の厚い壁に挑んだあげく、あえなく一敗地にまみれるということはとりもなおさず三年六月の実刑を甘受するしかないということであり、さすれば自分が戦後営々として築いてきた河野商事という会社を画餅に帰せしめることはもちろん、愛する妻子に塗炭の苦しみを味わせることにつながるのである。

こうして弁護人及び被告人は控訴審の方針につき、再三再四真剣に討議検討した。そして結局、ここは被告人の実刑だけは何としても回避せねばならないということがいわば至上命令であり、そのためには涙を呑んで妥協的に詐欺の事実を認め、被害者とされるフジタ工業と示談を遂げて執行猶予の判決をかちとる以外にはないという結論に到達したのである。これは一審判決が被告人一人を実刑とした主たる理由が、他の被告人らがフジタ工業と示談を遂げているのに被告人のみが否認して示談をしていない点にあると推認されたことをも考え合わせた結果でもあった。

そこで弁護人は、この方針のもとに直ちにフジタ工業と示談接衝を開始し、同社代理人堀内弁護士の理解を得て金一億一千万円の被害弁償をもって示談する旨の合意に達した。そこで被告人は血のにじむような努力をしてこの示談金を調達してフジタ工業に支払い、ここに円満に同社との間に示談の成立をみて弁護人及び被告人は安堵の胸をなでおろしたものである。

四 そして控訴審の第一回公判において、弁護人は裁判所の釈明に応え、控訴趣意書記載の詐欺の事実に関する事実誤認の主張は全て量刑不当の事情として述べるものであり、詐欺についても事実を認めるものである旨陳述し、一方においてひたすら情状立証、すなわち前記示談上申書等の提出、フジタ工業取締役兼社長室長高島勇及び被告人の妻富美江の取調べを請求し、いずれもその取調べを了したのであった。そこで弁護人及び被告人としては右示談成立の事実及び他のフジタ工業側の被告人らがいずれも一審で執行猶予の恩典に浴している事実、さらには法人税違反事件についても本税、重加算税等を全て完納している事実からして必らず被告人についても執行猶予の寛大な判決が得られるものと信じて疑わなかった次第である。

ところが何と原判決は、右情状立証にかかわらず、一審判決を破棄して刑期を短縮して懲役二年六月としたのみで依然として実刑を維持したのであった。これは弁護人及び被告人にとって誠に夢想だにしなかった苛酷な判決であった。被告人本人は文字どおり奈落の底に突き落とされる思いであったとともに、前述のような経緯から不本意ながら詐欺と得心しない事実をあえて詐欺と認めたのであってみれば原判決の結論には正に切歯扼腕の思いにかられたことは誠に無理からぬところであった。

そしてためらうことなくこの苛酷な判決を不服として速やかに上告の手続に及んだのである。

五 このような経緯であるので、弁護人及び被告人が控訴審において事実誤認の主張を撤回してひたすら情状立証に集中した所以のものは、決して本件詐欺とされる事実を真実詐欺罪にあたるものと得心し、肯認した結果ではなく、只々無罪を主張した場合の立証の困難をおもんばかり、無罪の主張及び示談未成立の事実を改悛の情の欠如と受け取られて一審判決どおりの重刑を課されることを何より恐れてやむを得ず妥協した結果に他ならないのである。いわば俗にいう「長い物には巻かれろ」という心境から出た妥協の産物以外の何ものでもなかったのである。

六 そこで弁護人及び被告人は、最終審である本上告審においては断固妥協を排し、あくまでも本件詐欺事件の真実を強く訴え主張し、貴審の公正な御判断を仰ぎたいと決意している次第であるので、貴審に対しては、本件が通例の受刑を引き延ばすための濫上訴ともいえる上告事件などとは全く異った真剣な上告事件であることを十二分に認識して頂くことを強く訴えたい。

したがって貴審におかれては、虚心坦懐に本件を精査せられて事案の真相を洞察看破せられ、最終審として最後に裁判の正義と権威を顕現せられたい。このことをぜひともお願いする次第である。

七 そこで弁護人は当審において、以下第一点として原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認を犯しており、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと主張し、第二点として刑の量定がはなはだしく不当であって同じくこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと主張するものである。

(編者注以下登載省略)

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